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第3話:マラリア罹患、からの生還

矢澤典子の人生ストーリー

· 人生ストーリー

===自分史の執筆に挑戦中!===

✴︎ 物語の現在地→2歳あたり

日本に比べると断然暑いスーダン。
でも私には「日本の記憶」がなかったので、
暑い!という認識はなかった気がします。

ですが、頭皮に「あせも」が
できるくらいだったので、
実質暑かったのでしょう。
(それで坊主にさせられた^^;)

そんな暑い地域で心配なのが「熱帯病」。

ついに私は
「あの病気」にかかってしまいます。

その名は「マラリア」😰

—マラリアとは—

マラリア原虫をもった蚊(ハマダラカ属)に
刺されることで感染する病気。

世界中の熱帯・亜熱帯地域で流行しており、
2018年11月に公表された統計によると、
1年間に約2億2000万人が感染し、
推計43万5,000人が死亡している。

(出典:厚生労働省検疫所FORTH)
————————

…こんな病気です。

▲ハマダラ蚊。見極め方としては「お尻が上がってるか」らしいのですが、よくわかりません!

(画像はCDC/ James Gathanyからお借りしました)

予防法も治療法も今ほどなかった当時は
もっと致死率の高い病気だったはず。

幸い? 残念ながら?
「マラリアにかかったとき」
のことは覚えていなくて、

果たしてどんな状態だったのか…
どうやって治ったのか…
という記憶は残っていません。

あとになって
母から聞かされた話は、
ざっくりまとめると
こんな内容でした。


スーダンにはマラリアの薬がなかったから
お父さんがヨーロッパまで
買いに行ってくれたのよ。

その話を聞いたときは

「へー、そうだったんだー。
 薬がなかったら
 私死んでたかもしれないんだねー。
 お父さんありがとー!」

と、どこか能天気に
他人事のように思っただけ。笑

が、今の歳になって
そのときの事の顛末や
両親が置かれた状況を想像すると、
冷や汗が出てきます。

1980年代のスーダンで
我が子がそんなことになったら…

きっとものすごい大きな不安・混乱・
苦悩・迷いの中にあったはず。

両親には改めて
「心配かけてごめんなさい」と
「救ってくれてありがとう」を
伝えたいと思います。

そして今心から思うこと。


生きててよかった!

こんな危機もありつつも、
おかげで命を落とすことなく
通算1年半ほどのアフリカ生活を終えて

大好きなおじいちゃん・おばあちゃんのいる
日本に帰国することになります。

その日本で
私は「あること」に気づきます💡

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