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第8話:おばあちゃんがオランダにやってきた!

矢澤典子の人生ストーリー

· 人生ストーリー

===自分史の執筆に挑戦中!===

✴︎ 物語の現在地→5歳あたり inオランダ

はじめこそ「言葉が通じない!」と
パニックに陥り
「幼稚園に行きたくない!」と
毎日泣き喚いていた私ですが、

幼稚園にも慣れ、友達もでき、
オランダ語もできるようになってからは

水を得た魚のように
のびのびと平穏なオランダ生活を
満喫していました。

(子供の順応性はすごい!
 それがすっかり「日常」になってました)

そんな生活に変化があったのが、
母のお腹が大きくなって
2人目の弟が生まれてくることが
わかったとき。

弟がもう一人できるのは楽しみだし
嬉しかったけれど、

「大変だ。
 お母さんが病院に行っちゃう。
 どうしよう…」(さみしい)

という心配でいっぱいになり、
しばらくの間、そわそわ
落ち着かなかった記憶があります。

そこに救世主のように現れたのが…

「ちっちゃいおばあちゃん」!

(母方のおばあちゃんの呼称^^)

▲大好きなおばあちゃんがオランダにきてくれた!

 

大正生まれのおばあちゃんは
当時、60代後半。

初めての海外にもかかわらず
ひとりで飛行機に乗って
はるばるオランダまで来てくれて、

数ヶ月間にわたり
私たち家族の生活と母の出産を
サポートしてくれたのです。

なので、母の不在期間に
「さみしさ」を感じることはなく

むしろ、大好きなおばあちゃんが
オランダに来てくれた!
という嬉しさでいっぱいで

私がおばあちゃんに
いろんなことを教えてあげなきゃ!

という使命感に燃えて過ごす
日々となりました。

(この頃からすでに
 お節介気質が伺えます^^;)

にしても、おばあちゃん!

言葉も文化も違う環境の中、
母に代わって
私とすぐ下の弟の幼稚園の送り迎えや
日々のスーパーでの買い物などを
してくれました。
さぞかし大変だったろうな…と思います。

なのに!

幼い記憶にあるのは、
ニコニコと楽しそうにしている
おばあちゃんの顔だけ。

その後も何度となく
思い出話として語られるのですが

「言葉も何もわからないから
 ドキドキしながら行ったけど、
 どこの国にも親切な人はいるのね。
 みんな心配して声をかけて
 助けてくれるんだもの。
 嬉しかったわぁ」

という言葉に、おばあちゃんの
しなやかな強さを感じました。

おばあちゃん、最強😎

新婚で私を出産早々、
「スーダンに行く」と決めた母には、
間違いなくこのおばあちゃんのDNAが
受け継がれているのだな…と思います。

そして。
私のことをよく知る人は
私のことを

「たまにびっくりするくらい
 大胆なことするよね」

と言います。

きっと私もそのDNAを
受け継いでいるのだと信じて。笑

ずーっと大切にしたい
おばあちゃんの思い出です。

▲弟が2人になり、ここから長女気質が炸裂していきます。笑

>>「矢澤典子の人生ストーリー《9》」に続きます。

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